小野寺夏樹様

絵画電子化

アートは『生活を豊かにするもの』

絵画そのままスキャンで使用するWideTEK(R) 36ARTは、2018年に発売された最新鋭のドイツ製アートスキャナ―です。セットを組んで照明を焚き、一眼カメラを慎重に調整、と時間とコストをかけるのが当たり前だった従来の絵画撮影に革命を起こし、多くのアーティスト様がより楽に、早く、高い品質でデータ化出来るようになりました。


今回絵画そのままスキャンではこのスキャナーを使用し、画家として最前線で活躍される小野寺夏樹さんの作品7点を撮影させていただきました。


油絵をはじめとしたアナログ分野の現役アーティストでありながら、アドビ使用によるデザインやエンジニアとしての一面も持つ小野寺さん。絵画のデータ化とアートスキャナー使用の感想について、ご自身の経験と併せてお話いただきました。

アナログアーティストがデジタルを経験し、見えたこと

絵を描き始めたのはいつ頃でしょうか。

小野寺様:記憶に無い時からですね。物心ついた頃には身近な物のデッサンとか、頭に浮かんできたことを描く、ということを始めていました。
両親ともに絵を描くのが好きで、父は設計や製図を仕事にしていたので日常的に何かを描いていましたし、母も紙粘土での作品作りが好きでした。そういう環境なので、自分も自然と鉛筆を手に取って表現していましたね。
その後木炭画、鉛筆画等のデッサンと勉強していたんですが、中学2年の頃に学んだ油絵の『色を使って表現することの力』『色彩の力』が子供心に衝撃的で。
そこから“絵を学んでいこう”という意思が固まり、高校・大学とずっと美術を専攻してきました。

現在では色々なメディアに挑戦されていますが、最初は油絵なのですね。

小野寺様:油絵は絵画の中でも基本だと思うんです。美術の原点、古典技法と言いますか。そこから水彩画、日本画、テンペラ画、白黒写真の撮影、大人になってからはミクストメディアと興味を持ったものについて一通り制作することが出来ましたが、専攻はずっと油絵でした。

▲今回撮影した油絵の一つ(マウスを載せると拡大します)

美大卒業後はどのようなご活動を?

小野寺様:フォーフィニッシュ(※自然物などに似せてペインティングする技法)を強みとする空間デザインの会社でアートペインターとして就職しました。ホテルのロビーとかショッピングモールの天井に草原や雲のあるペインティングをする仕事で、私は水彩、エアースプレー、ペンキなど色々な素材を使用していました。『商業空間の中にアートを入れて表現する』ということを勉強させてもらいましたね。


その後、30歳を境にアドビソフトを使ってデザインを表現することに切り替えました。以降8年間は昨年に帰国するまで、マレーシアなど東南アジアを中心に生活してきまして、次第に需要に応じてITスキルを活かしたエンジニアの仕事をするようになっていきました。日本では不景気しか知りませんでしたが、あちらは高度経済成長期。若い人がすごく活気に満ちていて起業も盛んな環境が新鮮で、面白かったんですよね。様々な国籍の仲間とそんな中で個人的なデザイナー活動や作品制作、チームでの制作を続けていました。


アナログとデジタル、両方のキャリアをお持ちなのは珍しいですね。

小野寺様:まだ、あまりいないですね。少し驚かれます(笑)。最新技術、PC等の取り扱いが好きというのもありますが、現代の仕事は大幅にIT技術が必要とされてますので、そこはベーシックなんだろうって。

絵をメインとしているアーティストさんの中にはデジタル処理を苦手にしている方もいると思います。
ただ、2000年代初期のような、PCが当たり前じゃなかった時代にデータを取り扱うのは大変だったと思うんですけど、今はIT出身者じゃなくても可能なレベルまで簡単になっていますよね。
だから時代の流れに乗る方が優位と思いました。技術はどんどん進化するし、AIも生活の一部になるくらい発展している。 アーティストは人間じゃないと出来ない事を表現しているので、アナログ部分は必須ですが、ITによるサポートも両方必要になってくると思います。

小野寺夏樹様

ヨーロッパで出会った『絵画保存』への情熱

海外と言えば、高校時代に留学されたそうですね。

小野寺様:短期間ですが、高2の時にパリへ行っています。当時将来の仕事の一つとして絵画の修復士を考えていたので、そこで修復のアトリエを回って見させてもらいました。
文化財修復の影響が大きいと思うのですが、芸術の国、というだけあって保存することへの情熱が高く、非常に重要なものでした。

なぜ、ヨーロッパの方はそこまで修復に情熱を?

小野寺様:文化を後世に残す、ということじゃないでしょうか。 形だけでは無くて、当時の背景、技術や何を使っているのかといったところまで伝承したいという心だと思います。
例えば昔のテンペラ画では、膠(にかわ)を溶かし、卵白だけを抽出して顔料を入れて湯煎を施して…という技法を使っていたんですが、これは長年教会等に描いてありますと、やはり劣化もします。
ただ、教会の絵というのは当時文字の読めなかった人にも宗教の内容を伝えていたという側面がある。そういうものも含めて修復する、というマインドセットが整っていたんでしょうね。同じように、アーティストの作品について『どういう風に、どんな情景で作ったのか、何を用いたのかを継承したい』という気持ちがあるのではと思います。

先ほどWideTEK(R) がドイツ製だと聞いて『やっぱり』と仰っていましたね。

小野寺様:エディトリアルデザインの勉強をしていた時に同国のグーテンベルクが発明した印刷機について学ぶ機会があって、やはりそういう国ならではだなぁと。
修復が盛んなヨーロッパならではの目線、絵画をリアルに保存していくという目線があると思いました。現代ではデータとしても残していくということなんでしょうね。


私は修復ではなく表現の道に進みましたが、このようなWideTEK® の高度なスキャニングシステムがデジタルアーカイブを実現させ、アーティストや修復士のサポートになるのではないかと考えています。


何故、絵を撮影するのか

その絵画スキャニングについて聞かせていただきたいのですが、小野寺さんご自身はこれまでどのように絵の保存をされてきましたか?

小野寺様:実家の使っていない部屋で大量に保管していました。写真やデータで残している作品もありますが、私を含め多くのアーティストは作品が蓄積される一方だったと思います。私の場合部屋を埋め尽くすほどの大きな絵を描いたりもしたので、保存箱には入れられず布を被せただけ、または母校で飾って貰ったりしていました。

自分の作品を撮る、というのは一般的ではないのでしょうか。

小野寺様:人によると思います。また、引っ越し等で状況に応じて持っていけないからどう処分するか悩む、という残念なケースも聞いたりしますね。


私の実家が岩手県なんですが、比較的実家近くの陸前高田市は町自体が壊滅的な被害を受けました。そんな中で作品も沢山流され、一気に無くなってしまったと…そう悲しんでいる方が多かったのを覚えています。災害時に備える、ではないですけれど、災害の多い国ならではとして絵画をデータ化していくのはある意味必須なのではと思います。 建築は生活に密接しているから色々対策がされていますが、絵画も私たちの生活の一部です。データ化して残しておけば憂いが軽減されると思いますね。


小野寺さんの作品はどのように撮影されてきましたか?

小野寺様:自分で撮影する時もあれば、個展を開いた際や大事な作品については美術品の撮影に理解のあるプロに撮ってもらうこともあります。
自分で撮影する場合は、特にセットや照明を持っている訳では無いので立てかけて一眼で撮っています。

撮影データのクオリティー的にはいかがでしょうか?

小野寺様:一眼カメラはメリットも多い分、ケースによっては限界があると思います。例えば金や銀のような特殊な絵の具については、カメラだと捉えきれない。黒くなってしまって輝きがないんです。また額に入っている作品は、反射の問題で額から出しての撮影となります。その点はカメラの限界だと思います。絵画そのままスキャンさんですと絵の具の盛、模様や色を載せた時の質感、『テクスチャ』、空気感をとらえられます。絵の印象、雰囲気を伝えるのはカメラの優れた点ですが、 実物と同じくらい『正確に』撮るというのは、このスキャナーの最も長けている所になると思います。

▲アートスキャナーで撮影した作品。一般的にカメラで撮影した場合、金色の部分は反射せず光が失われてしまう(マウスを載せると拡大します)。

アートスキャナーと一眼カメラの違いは?

WideTEK(R) 36ARTで撮影してみて、一眼との違いは感じましたか?

小野寺様:はい、 絵の具が盛ってある油絵は特に違いが出ます。油絵は重厚感があったりするもので、まったいらな平面ではないんです。その存在感こそが絵画なので、その差異を表現出来るのはアートスキャナーの良さでしょうね。金や銀の『光』がしっかり映っているのもビックリしました。


先ほどお話した、 修復士が修復の際手本に出来るレベルの画質だと思います。絵画は色を重ねたり、またははじめにテクスチャを載せてその上から色を塗るという技法を使うこともありますが、このスキャナーならそういう盛られた所まで見ることが出来る。修復士だけでなく絵に関わる人みんなが様々な応用として使えるデータを作れるんじゃないかと思います。

写真とは違った存在感、ですか。

小野寺様:売れたりして自分の手元を離れた作品は、写真があっても実物大が無いので、どうやって作ったのかを思い出したい時、ここまで繊細に写っているとありがたいですよね。 アートスキャナー自体初めて見ましたが、私も家に欲しいです(笑)。

▲今回撮影した油絵の一つ(マウスを載せると拡大します)

『生活を豊かにする』アーティストに

アナログとデジタル、両方駆使しておられる小野寺さんですが、今後はどのようなご活動を考えていますか。

小野寺様:ホームページを制作しており、ECサイト等を追加するなど国内外に向けて自分の作品を公開したいと考えています。ネットワークが盛んな時代ですから、そこにデータ化は必須ですよね。単純に作品を知ってくれる人が増えたらいいなという気持ちもありますが、アーティスト同士のネットワークも作っていきたいです。例えば私が海外で展示を開いたら現地のアーティストに助けてもらって、また彼らが日本で展示する際にはその逆をやって…の様に、海外進出が可能になる一方で日本での活動もしやすくなるコミュニティー、プラットフォームを拡大したいと思っています。


と言いますのも、国内のアーティストがどんどん海外に進出していると感じてます。ヨーロッパだと、国によっては健康保険料等のサポートをする制度も整っていますし、シェアアトリエやパトロンの存在も盛んにあります。そういう都市って街中にアートがあるんですよ。だからアーティスト側も表現しやすく生活しやすい。また、仕事へつながる環境が築けていると思います。

アーティストが国外に出ていく、というのは悲しいですね。

小野寺様:日本は先の例の国々に比べ、そういった点が遅れていると思います。これから伸びていかなきゃいけないと思う。浮世絵が印象派に大きな影響を与えたように、日本人は素晴らしいものを作ります。ただアーティストへの支援がまだ薄く、日本で『アーティスト支援』と言えば、投資対象や税金対策のニュアンスが強い気がします。


私は絵を、人とのコミュニケーション、繋がりを作る為のツールにしたいとも考えております。アートスキャナーで撮影する方が費用・時間共に抑えられはしますが、プロのカメラマンに撮ってもらうのは、もちろんその方の作品を見れる事ですが、見る手側の想いを残せるのと、撮影を通じて制作活動を共有できるというのも理由の一つで、そこへのお金や時間は人との繋がりになるので構わないと考えております。
本来芸術は人間の生活を豊かにするもので、アーティストだけのものでも投資家のためでもない。その基本的な原点というものを広げていきたいなと思いますね。

小野寺夏樹様とスキャナー

正直、自分の作品が高く評価されるとか、そういうのは結構どうでも良くて(笑)。空間に私の絵があって、そこにいる人の生活が少しでも豊かになれば、というのを一番大事にしています。

なので今後は、『こういう色合い、雰囲気の絵が欲しい』って言われたら、オーダーメイド的に作るのも良いと考えています。他にもテキスタイルとして文房具や服にプリントする等、そういう形で生活を豊かにする作品作りをしていけたら良いですね。アナログな所とWideTEK(R)のような最新技術、お互いの良い所を合体させて新しい表現をしていくことが今後の制作スタイルになっていくと思います。

▲今回撮影したミクストメディア(マウスを載せると拡大します)
プロフィール写真

<小野寺 夏樹(おのでら なつき)>

1980年、岩手県生まれ。
幼少より、美術と音楽を習ったことがきっかけで芸術の分野に興味を持ち、高校、大学にて油絵を専攻する。
卒業後はアートペインターを経験後、Adobe系ソフトやITスキルを生かしアジア各国で活動(Sahaj Sales Services LLP、Tom Abang Saufi (TAS) Lifestyleといった現地法人にてデザイナーを歴任)。
現在は地元での個展活動の他、アジアを中心とした企業とのコラボレーションを得意とするデザインも展開しており、Webデザイン分野におけるアートワークにも取り組んでいる。
第20回・21回岩手県総合文化祭絵画部門にて特賞を受賞。