九州大学様/有限会社丸久商店様

絵画電子化

歴史ある注染の型紙のデジタル化 ~産学連携して伝統技術を後世に伝え、活かすための取り組み~

繊維や布地に染料を直接注入して色をつける日本の伝統的な染色技法「注染(ちゅうせん)」。


そんな注染を明治時代から続けている歴史ある注染製品の問屋である有限会社丸久商店(まるきゅうしょうてん)と、九州大学 大学院芸術工学研究院にて「情報編集デザイン✕伝統工芸」をテーマに研究をされている池田美奈子准教授が協力して、注染の型紙のデジタル化を進めている。


誠勝では有限会社丸久商店が数多く保管している注染の型紙のスキャンをさせていただきました。


「お二方が協力して型紙のデジタル化を進めた経緯」「デジタル化後にどのように活用されているのか」「伝統技術を後世に残すために何が必要なのか」研究者と事業者の双方の視点からのお話を伺いました。

型紙は今でも普遍的に使える知恵の蓄積

まずお二方の活動について教えてください

池田様:九州大学の大学院芸術工学研究院の未来共生デザイン部門で准教授を務めています池田美奈子と申します。生活文化デザインと情報編集デザインの分野に興味があって、伝統工芸を現代生活に活かすための研究や、知識資源の融合と発想支援の開発に取り組んでいます。

山内様:明治32年(1899年)創業の注染製品の問屋 丸久商店の山内 昂と申します。妻の家系から始まっている問屋で、現在で5代目になります。


丸久商店は東京注染の伝統を受け継ぎながら、現在も美しい浴衣や着物、暖簾、手ぬぐいなどを提供しています。季節のお祭りや日本の芸事に関連した図案や柄の型紙を多数取り揃えていまして、今は図案の復刻や新たな柄の創造にも取り組みながら、単に商品ではなく「注染」という文化を通じてモノ作りを行っています。


丸久商店は「どこか懐かしいけれど、いまに合う」そんな現代性を兼ね備えた魅力ある商品をお届けしています。

今回ご依頼いただいた注染の型紙について教えてください

山内様:まず注染とは、型紙を使って布地に防染糊を敷いて染料を直接注ぎ込むことで、模様や図案を作り出す日本独自の染色技法のことです。


注染製品は「1.型紙の制作」「2.型付」「3.染色」「4.洗い・乾燥」「5.仕上げ」の5つの工程を経て完成します。


今回スキャンしていただいたのは、「1」で制作した注染の型紙なのですが、この型紙を作るには「彫り師」と「紗張り師(しゃばりし)」による2名の職人技術が必要なんです。
まず、型の彫り師が和紙に柿渋を塗った渋紙を使用して柄や文字を彫った後に、紗張り師が渋紙と絹紗(きぬしゃ ※1)を漆で張り合わせることで型紙が完成します。


完成した型紙は浴衣や手ぬぐいなどへ模様染めをする際に使われるため、私たちにとっては欠かせない商売道具なんです。


※1 絹紗(きぬしゃ)とは・・・絹糸を網目状に織って作る目の粗いメッシュ織物

注染の型紙

なぜ型紙をデジタル化しようと思ったのでしょうか?

池田様:元々は情報編集デザインをしていたのですが、九州大学に着任してから九州にはたくさんの伝統工芸が残っていることに気づき、伝統工芸に興味をもってさまざまなプロジェクトを手がけるようになりました。そのなかで伝統工芸の「型」を追求したいと思ったからです。


それで、「型紙」はまさに「型」そのものですので、ぜひ取り組みたいと思いました。そこで、大量の型紙を所持して今も生産されている丸久商店さんとご縁があり、一緒に誠勝さんにご依頼をしました。


丸久商店さんが型紙を保管している場所を見せてもらった時は、驚きました!


型紙一枚一枚のなかに、先人たちの膨大なアイデアの蓄積があるんだなと思うと同時に尊敬しちゃうというか…

山内様:丸久商店には、全部で数万枚の型紙があります。
先人たちの積み重ねてきたこれらの型紙は実際に今でも使っています。


新しい商品の柄を決めるときに保管部屋から1枚1枚型紙をみながら「どのデザインがいいかな」と探すこともあるので、池田さんからのご提案は願ってもないことでした。


私たちの使う型紙は消耗品なので、何回も使えば当然破損してしまいます。
特に線が細かったり、葉っぱの葉先のように先が細い線は破損しやすいです。


型紙に破損があれば当然修復するのですが、その都度彫り師さんによって文字の形も微妙に変わってしまうアジや良さもあるのですが、こういったデジタル化によって一つの形が保存されるのはありがたいですね。

池田様:デジタル化した型紙の画像データを収録したデータベースを作って、分類して比較したり、特徴を見出したりしながら、その成り立ちを踏まえてデザインの発想の研究に活用していきたいと思っています。


私は文化のなかで培われてきた人の知恵・知性のありどころに興味があって、昔から伝わる普遍的な知恵の蓄積が今でも有効だと思うんです。


また、これらの型紙をデジタル化して画像を多面的に分析し、アーカイブ化することで、注染の歴史や人々の知恵や工夫などがたくさん見えてくると思ったんです。


丸久商店さんは1899年から創業されてる注染の歴史を物語る会社の1つです。
今回の型紙のデジタル化で表面からは見えない、また言葉になっていない歴史を画像から知れたらと思います。

決め手はシートフィーダー、型紙の特性に合わせた提案

誠勝を選んでいただいた理由は何でしょうか?

池田様: 最初は他の業者に問い合わせをしていたのですが、そこだと予算的に30枚程度しかデジタル化できなかったので本来の目的が達成できないと思いました。そんなときに、誠勝さんのアートスキャナーの記事をウェブで発見したんです。


細かな部分もアートスキャナーであればデジタル化できると思ったので、最初はアートスキャナーを利用する前提で問い合わせをしました。


その後に営業担当の方が、型紙の特性的にシートフィーダー(WideTEK36)というスキャナーであればアートスキャナーより多くの型紙をデジタル化できることを提案していただいたのが決め手です。

山内様:私も個人的に伝統工芸の団体に相談していたのですが、シートフィーダーであれば目的にあった品質でデジタル化できるとお墨付きをもらったので、納得した形でご依頼しました。

300dpiでスキャンしましたがデータ品質はいかがですか?

池田様:満足しています。画像を細かく分析するのに問題のないクオリティでした。なにより多くの枚数をスキャンしてもらえたからこそ、分析するのに十分なデータが取れました。

山内様:スキャン時も透明のフィルムに挟んで型紙が傷つかないように配慮もしてもらえたので、安心してお願いできました。

今回(※2)でご依頼は2回目となりますが、1回目と2回目とで型紙の内容に違いはありますか?

山内様:1回目の選定ではランダムに対象をお預けしました。
関東で1人しかいなかった紗張り師さんがコロナウイルスの感染拡大を機に引退されてしまったので、今のうちからデジタル化して保存し、今後に活かそうと思ったんです。

池田様:1回目は、資料として偏りがないように型紙はランダムに選びました。良いものも、そうでないものも、古いものも、比較的新しいものも自然に入るようにと意図しています。2回目は、丸久商店さんに現代でも活用できそうな柄の型紙を選定していただきました。目利きとしての丸久商店さんが、どんなところに着目して柄を評価しているのか、どのような感覚で商品化しているのかを知りたいと思いました。そういう暗黙知が大事だと思ったからです。

山内様:2回目の選定では、活きたアーカイブを作成するためにはそれぞれの柄に使用履歴があった方が良いのでより活用する可能性の高そうな柄を大きく選ってお預けしました。


※2・・・23年5月時点

伝統工芸を時代に合わせた産業として残していく

デジタル化後はどのように活用をされてますか?

池田様: 今後はスキャンしていただいた型紙のデータの画像を多面的に分析していく予定です。


今はデジタル化した2000点の型紙のデータを、簡単なデータベースを試作して、1点ずつ分類したり、文献を参照したりしながら、手作業で分析しているという段階です。


型紙に受け継がれてきた文化の蓄積がインスピレーションの源になるような、創造的に活用できるアーカイブを構築したいと考えています。九州大学は、総合大学なので、データサイエンスや画像認識の先端技術を専門とする研究者も多くいますので、将来的にはそういった大学内の先端的な研究とコラボレーションできれば、型紙に込められた先人の知恵をもっと知ることができるし、新しいデザインを生み出す創造的な活動に繋がられると思っています。

データベースのスクリーンショット

山内様:型紙のデータは、型紙の修復や新商品開発にも役立っています。


葉っぱのように先が鋭利な線や、波を表現したような細い線が描かれた型紙は剥がれたり、破れてしまいやすく、今回デジタル化していただいた型紙にも多く見受けられます。


そのデータを「恐らくこんな形じゃないかな」とこれまでの経験をふまえて予想しながらですが、修復して商品開発に役立てています。


あと、型紙のデザインを探すのは本当に楽になりました。
これまでは型紙がたくさん保管されている部屋から取り出して、1枚ずつ目を通していましたが今はパソコン上で手軽にできています。


型紙の保存のためにも、私たちの手間も解消されたので、デジタル化して良かったと思います。

破損があった型紙のデータの画像

池田様:型紙の修復で思い出したのですが、山内さんとのやり取りで面白いなと思ったことがあって、一部形が崩れてしまった型紙があったんです。
私はその型紙を修復調整するのかと思ったら山内さんは「そこはこのままで」とおっしゃいました。
私がその理由を聞くと「急にきれいになったら変なデザインになってしまう」と。


そのときに「こういった修復の判断は人だからできることだな」と思いました。
今はAIも発展していますが、こういう良い塩梅の仕事はやはりまだ機械には難しいのではないかと思います。


ニュアンス的な部分は人だからこそできることだし、そうやって伝統は残ってきたんだと思えました。

池田様は伝統工芸の研究において大切にしていることはありますか?

池田様: 私の研究は単に研究して終わってはダメだと思っていて、現代のデザインも組み合わせてその時代の技術や感覚を取り入れながら産業として受け継いでいくことが大切だと思います。
「昔も今も産業とはそういうものなんだろうな」という思いがずっとずっと根底にあります。


伝統工芸を博物館にそのまま残すのとは違って、伝統工芸の本質を残しつつ、人の知恵が現代に活かされていく・形を変えて産業として残していくということが大事ではないでしょうか。


「伝統工芸は、歴史的にみるといつの時代もイノベーションがあって発展してきました。現代においても同じで、伝統工芸も進化していくと思います。伝統をそのまま冷凍保存して保護しましょう」は不自然だと思うんです。

山内様:私もそう思います。
歴史ある文化保護のための保管では、単に保管するだけで使われないので、伝統が引き継げません。
そういう伝統工芸の残し方があってもいいけど、同時に新しい技術を取り入れたり、商品を開発して産業として継続していくことが大事だと思います。


注染も新しい技術を取り入れてきたから残ってきました。
今では注染も減圧する機械を使っていますが、注染の歴史をたどると最初の職人さんたちは息を吹きかけて圧を加えることで色を染み込ませていたんです。

池田様:染色のアナログなやり方に注染の新しい技術を取り入れたのは、模様を「より鮮やかに、より華やかに」そして「より効率的に」と追求していったからではないでしょうか。そういう意味で、合成染料を使うのも合理的であり、楽しさの追求や遊び心だと思うんです。


ただ、やみくもに便利に・自動化していくと「いいな」と思ったところも無くなってしまうので、「新しさ」を取り入れる塩梅が大事かなと。


今回の研究を通して、注染をはじめ、伝統工芸をどう残していくかを形にしていきたいです。

山内様:私も注染の伝統が続いていくために、これからも時代に合った新しい技術や発想をうまく取り入れつつ商品開発にも取り組んでいきたいと思います。

池田 美奈子様

九州大学 大学院芸術工学研究院 未来共生デザイン部門 准教授
池田 美奈子様

伝統工芸を現代生活に活かす研究や、知識資源の融合と発想支援の開発に取り組む。「小石原焼Coccio」「いとしま免疫村構想」など、伝統工芸から現代のコミュニティデザインまで、幅広いプロジェクトに参画。デザインに関する論評、メディアへの寄稿も行う。編著書は「カラー版日本デザイン史」(共著)、「編集デザインの教科書」(編著)、「デザインに哲学は必要か」(共著)など

山内 昂様

有限会社丸久商店 山内 昂様

明治32年創業、注染製品の製造・卸売問屋として伝統的な注染技法を守りつつ、時代のニーズに合わせた新しい商品の開発に取り組む。日本橋堀留町に本社を構え、東京注染ならではの浴衣や手ぬぐいを取り揃えている。国内のみならず海外にも販路を広げており、日本の伝統工芸を世界に広める一翼としても活動中。

【HP】http://shinedozome.com/

【Instagram】https://www.instagram.com/shinedozome/