立教大学様
1874年(明治7年)アメリカ聖公会の宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教により設立された私塾「立教学校」。これが、現在の立教大学様のルーツです。
「自由の学府」の理念のもと、あらゆる学生の主体的な学びを積極的に支援してきた姿勢で知られる立教大学様。2011年12月には「立教大学しょうがい学生支援方針」を定め、しょうがいのある学生の相談窓口、支援体制を充実させるとともに、施設・学習設備のアクセシビリティ環境向上に取り組んでいます。
2012年11月に開館した「池袋図書館」も、しょうがいの有無にかかわらず、すべての学生に等しく学びの機会を提供することを目指して運営されています。
ここで現在、デジタル化に関する新たな試みがスタートしています。立教大学 図書館 利用支援課の原修様、梶川恭子様にお話を伺いました。
※立教大学では「しょうがい」という平仮名表記を用いています。
サポート体制の連携からの取り組み
立教大学様には現在「池袋図書館」「新座図書館」「新座保存書庫」が存在。3館総計で184万冊以上の資料が所蔵され、約2万人の学生の日々の学習・研究を支えています。
原様:「立教大学は歴史的にしょうがい者への対応を実践的に行ってきました。本学には支援部局として『しょうがい学生支援室』があり、一人で移動することが困難な学生に教室間の移動サポートを提供したり、授業内容やその場の状況を手書きやパソコンに打ち込んで伝えるノートテイクやPCテイクを提供したりしています。当然、図書館が提供するサービスも全学生に提供できなければならない」
2015年、「池袋図書館」に「しょうがい学生支援室」から全盲の学生に対するサポートの依頼が寄せられます。図書館にある資料を、テキストデータで提供してもらえないか、というものでした。
読字に困難のある人は、点字や音声読み上げソフトなどを使って手や耳から“読書”をするのが一般的。そのためには、コンピューターが読み取れるテキストデータが必要です。出版環境の電子化により、近年では出版社からデータを提供を受けられるケースも増えていますが、印刷物しか存在しない旧い資料には当然テキストデータはありません。だれかが制作する必要があります。
梶川様:「要望があった後、まずは他館対応事例を参考に手探り且つ自己流で開始し、完了までは4か月程度を要しました。その後も要望を受けて実施しましたが、作成にはやはり1ヵ月程度は必要になります」
梶川様:「どうしても校正には時間がかからざるを得ません。要望が少なかったのは、学生の側にも、経過時間に対して新たな要望を出しにくかったのかもしれません」
年度が進行し、要望される資料が増えたり、内容が高度になっていきました。また、新たな複数の支援対象学生も増加していきます。
梶川様:「一つの事例では、『PDFデータまでの提供で良い』ということで、おそらく自らの環境でテキスト変換していたようですが、やはりテキスト化までされたほうが理想的だと思います。
また別の事例で要望された資料は、日本文学に関する高度なもので、難解です。多くの資料は200~300ページあり、1つの資料が終わるまでは次の資料に取り掛かれないため、どうしても学生にデータを手渡すまで時間がかかります」決め手は、校正までしっかり対応してもらえること
このような要望の増加や高度化等に対応することを目的として、誠勝にご相談いただきました。
梶川様:「なんとかテキスト化が早くできないか、とインターネットで検索し、ひとまず今抱えている1冊をお願いできるかどうか、ご相談しました」
原様:「業者様より『電子図書館を作りませんか』『貴重書を電子化しませんか』という提案をいただくことは多々あります。が、誠勝さんのウェブサイトでは、大学・公的機関との取引実績があることと、文章の校正まで行っていただけることが明記されており、それが判断材料となりました。校正まで『できます』とおっしゃるところはなかなか無いので」
誠勝がお手伝いしたのは、社会科学の資料202ページのテキストデータ化。
7月上旬にお問い合わせをいただき、二重目視チェックの文字校正・編集OCRを施したうえで、エラー率を0.1%以下に低減したテキストデータを、正式なご依頼から約2週間で納品させていただきました(※)。
※2016年4月施行の「障害を理由とする差別の解消に推進に関する法律(通称:障害者差別解消法)」では、図書館なども含む公的機関に、しょうがいのある人に対する合理的配慮を可能な限り提供することを義務付けています。納品されたデータは、「学術研究目的、かつ個人使用に限り、公開はしない」という説明ととともに、学生に手渡されます。
梶川様:「学生にも確認してもらいましたが、『ちゃんと読めました』という声をもらっています」
「合理的配慮」の重要性と、試行錯誤
梶川様:「最近は電子書籍も普及し、以前よりは情報にアクセスしやすい環境にはなっています。ですが、やはり大学の図書館にある資料を、しょうがいのある学生にだけ、『あなたは買ってね』というのは不公平に当たりますよね。」
2016年4月に施行された「障害者差別解消法」により、「障害者に対して不当な差別的取扱いを行うこと」が禁止されると共に、国・地方公共団体(公立学校を含む)において、「合理的配慮」を提供することが義務化。私立学校や民間企業にも努力義務があり、自主的な取組が促されています。図書館や公的機関でも、すべての利用者のニーズにどう応えるか、試行錯誤が続いています。立教大学図書館様では現在、「しょうがい学生支援室」が支援対象とする学生に対し、資料のテキストデータ提供を試行中です。
原様:「大きな背景には、法律が制定されたことがあります。図書館業界でも話題になっていますし、意識が高まってきたこともあるでしょう。テキストデータの提供を行っている図書館も少しずつ増えています。内製しているところもあれば、ボランティア学生の協力を仰いでいるところもあるようです」
立教大学図書館様でも、コピー機やオーバヘッドスキャナ、いくつかのOCRソフトも試用されました。ですが、資料の状態やスキャンの品質が悪いとOCR精度が落ち、誤認識が増えるなど、技術的な課題も浮き彫りになっています。作業による資料へのダメージも懸念されます。
原様:「もちろん、予算の課題もあります。その枠の中で、どんなことができるか、次年度に向けて検討している最中です。引き続き内製も続けますが、『ちょっと急ぎたい』『より正確性が高いデータが必要』と判断した場合は、誠勝さんのような業者さんにお願いする、という並列的な体制が維持されるのでは、と考えています」
ダイバーシティへの対応は、”ふつう”に。
原様:「キーワードとなるのは、やはり『合理的配慮』で、我々としては常にそれを意識しなければなりません」
現在、テキストデータ提供の依頼を受けているのは、日本の古典に関する研究文献。写本によって微妙に異なる仮名遣いや、表現の変遷を比較した資料のため、単純な“文字起こし”では学習資料としての意味がありません。
梶川様:「たとえば健常学生なら資料を見れば理解できる、図や表、数式といったものを、どうテキストデータ化するか。決まったルールは無いですし、読み上げソフトによっても仕様が異なる可能性もあります。」
こうした取り組みには、標準的な仕様や手法が確立されているわけではありません。立教大学図書館様も、利用者に効率的に良いサービスを提供するためには、図書館業界全体でのネットワークをより拡大してゆく必要があるとお考えです。
いっぽうで原様は、「こうした取り組みは、『見えなくてもいい』」とも語ります。
原様:「裏ではいろいろ大変かもしれませんが、それはサービスを提供される側の学生が意識しなくてもいい話。利用者がその依頼を負担に感じるようではいけませんし。
『ダイバーシティ』に取り組んでいることが特別な業務ではなく“ふつう”になること。
利用者100人から100点がもらえなくても、まずは全員からなんとかギリギリでも合格点がもらえるそうした環境を提供できることが、他の利用者のニーズにも合致する、きめ細かなサービスの提供につながると考えます」